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バブル期のモータースポーツを席巻したレイトンハウスって何者?

バブル期のモータースポーツを席巻したレイトンハウスって何者?

1985年から1992年頃まで続いたバブル景気。

ちょうどこの時期に、レーシング界で活躍したパステルブルーをチームカラーにしたレーシングチームを覚えていますか?

その名はレイトンハウス。まさにバブル景気の申し子でした。

レイトンハウスとは?

レイトンハウス 半袖 Tシャツ © SANSEI SHOJI CO.,LTD./出典:https://www.sanseitrading.co.jp/2019/01/17/%e3%83%ac%e3%82%a4%e3%83%88%e3%83%b3%e3%83%8f%e3%82%a6%e3%82%b9%e5%be%a9%e5%88%bb%e8%a8%98%e5%bf%b5-%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%82%ba%e5%8d%8a%e8%a2%96t%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%84-leyton-house-limited-editi/

レイトンハウスとは、バブル景気の時期に一世を風靡したレーシングチームで、スポンサーとなったアパレル会社の社名およびブランド名です。

もともと不動産業を営んでいた『丸晶興産』が、飛び込み営業先で知り合ったレーシングドライバーの萩原兄弟の要求に応じ、1984年秋からレーシングチームのスポンサーになった事が始まりです。

レーシングチームのスポンサーを開始した当初は、『丸晶興産』または子会社の『メーベル商会』のステッカーを貼ったカラーリングのマシンを走らせていましたが、レーシングチームのスポンサー名としてカッコよくないとの社内意見により、『レイトンハウス』という名前が挙がりました。

レイトンハウスF1 1991年アメリカGP(フェニックス市街地)イヴァン・カペリのドライブ / photo by Stuart Seeger

しかし、レイトンハウス名義でレーシングチームのスポンサーを開始した1985年後半には、『レイトンハウス』なるブランドも会社も存在していませんでした。

実体もないまま、名前だけが先行する形でスタートしたレイトンハウスでしたが、翌1986年には「メーベル商会」の社名を「レイトンハウス」に変更し、アパレル事業を展開。

ブランド名を「レイトンハウス」とし、レーシングチームカラーと同じパステルブルー(レイトンブルーと呼ばれます)をあしらった男性用衣料を販売、F1イメージをアパレル業界に反映させて、一躍人気ブランドに成長します。

しかし、1991年にはバブル景気が減速し、富士銀行より2,000億円もの不正融資を受けていたことが明るみになるたと、社長が逮捕されて会社は倒産。

レーシングチームも解散してしまいました。
 

レイトンハウスのレースマシン

レーシングチームとしてのレイトンハウスは、F1、全日本F2選手権、全日本F3000選手権、国際F3000選手権、全日本F3選手権、富士グランチャンピオンレース、全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権、ル・マン24時間レース、全日本ツーリングカー選手権と、当時の国内レースを中心に様々なカテゴリーに参加していました。

レイトンハウスのF1マシン

レイトンハウス CG901 F1マシン 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BBCG901

レイトンハウスは1990年のF1選手権に参加するにあたり、イギリスのレーシングカー専門メーカーのマーチを買収。

レイトンハウスの名前をつけて、『CG901』というF1マシンをデビューさせます。

エンジンはジャット製3.5リッターV8のEV型、ギアボックスは6速を搭載。

CG901は空力を最優先に設計されてフォルムは流麗でしたが、空力の影響を受けやすく、サスペンションセッティングに苦慮したため、戦績は芳しくありませんでした。

しかしCG901Bでは、フロアとディフューザーに改良を加えられ、1990年F1第7戦のフランスGPでは、最後までアラン・プロストが運転するフェラーリと接戦を繰り広げ、2位の成績を納めます。

そして1991年にはエンジンをイルモア製3.5リッターV10に換装し、CG911となりました。

レイトンハウスのル・マン参戦車

レイトンハウス クレーマーレーシング ポルシェ962C 1989年 ル・マン photo by David Merrett

1989年のル・マン24時間耐久レースにも参戦していたレイトンハウス。

この時に持ち込んだ車両は、ポルシェ962Cでした。

1984年に開発されたポルシェ962Cは、グループCレギュレーションに則ったポルシェ956をIMSA-GTPのレギュレーションに合致するよう改良した車両です。

IMSA-GTPとグループCのレギュレーションはほぼ同一だったものの、安全性の面で大きな違いがありました。

レイトンハウス クレーマーレーシング ポルシェ962C 1989年 ル・マン photo by Nic Redhead

しかし、1987年にはグループCレギュレーションもIMSA-GTPに準じることとなり、ポルシェ956は出場できなくなります。

そこでポルシェ956の後継機となったのが、既にIMSA-GTPレギュレーションに合致している962の改良版、962Cでした。

エンジンは水平対向6気筒24バルブエンジンにツインターボを装着し、ミッドに搭載。

冷却方式は空冷式と、バルブヘッドのみ水冷式とした空水冷併用がありました。
 

まとめ

レイトンハウスはバブル景気に乗って事業拡大を図り、バブル景気の減速とともに不正融資が明らかとなり解散した、まさにバブルの申し子でした。

現代のレイトンハウスの商標は、スポーツウエアに残っているとのことです。

またクラシックレーシングカーとして、海外ではレースに出場しているようです。

海外のサーキットを訪れることがあれば、是非チェックしてみてください。
 
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