3代目前期、4代目と『オーナードライバー獲得』を旗印に採用した斬新なデザインが、現役当時は受け入れられなかったトヨタ・クラウン。
そのため先に保守回帰した日産・セドリック / グロリアにユーザーの多くを奪われてしまいましたが、もちろんトヨタも黙ってはいませんでした。
排ガス対策に苦しみながらのユーザー奪還という重要使命を帯び、5代目クラウンの出撃です!
意外と"慌てて作った"わけでもない5代目トヨタ・クラウン
1955年にデビューした初代クラウン以来、デラックス路線国産高級セダンの代表格として威厳を見せつけてきたクラウンですが、『スピンドルシェイプ』と呼ばれる斬新な紡錘形ボディでオーナードライバーを主要ターゲットとした4代目でつまずく事になります。
後に『クジラクラウン』の愛称で人気を呼んだ4代目ですが、当時のユーザーが求めていたクラウン像は保守と威厳そのものであり、クラウンらしからぬイメージで新時代を共に生きよう、というユーザーはまだまだ少数派でした。
また、2018年6月にデビューした15代目クラウンともなれば、「いつまでも保守と威厳では無いだろう。」と過去のイメージをバッサリ切り捨て、あるいはレクサス車に受け継ぐ手もありますが、1970年代前半ではまだまだ早すぎたのです。
その一方で、最大のライバルである日産・セドリックは130系(2代目)でピニンファリーナの尻下がりデザインが不評と見るやマイナーチェンジで大幅なデザイン変更を行い保守回帰。
グロリアと兄弟車になった1971年発売の次代では、超保守路線に転じました。
その結果、メーカーの理想よりユーザーの希望を具現化したライバルにシェアを奪われたクラウンも、モデルチェンジで保守路線へと回帰していくのです。
なお、現在でも「4代目クラウンは不評のため、3年半ほどでモデルチェンジした。」と言われますが、何しろ当時はまだ4代目。
決まったモデルサイクルは、まだありませんでした。
このように、実は3代目が最も短命クラウンだったのですが、特に問題が無ければ約4年に1度というモデルサイクルが定まるのは6代目以降で「5代目は4代目の不評で慌てて作った。」というほどの期間でもなく、若干誇張されたイメージです。【初期クラウンのモデルライフ】
初代:7年9ヶ月(1955年1月-1962年9月)
2代目:4年11ヶ月(1962年10月-1967年9月)
3代目:3年3ヶ月(1967年9月-1971年2月)
4代目:3年8ヶ月(1971年2月-1974年10月)
5代目:4年11ヶ月(1974年10月-1979年9月)
超保守派重厚デザインのセダンか、革新派向け躍進的なハードトップか
一概に『保守的』と言っても何を意味するのかわからず、しかも時代によって変わるものなので、少し説明したいと思います。
当時でいう保守的とはこんな感じでした。
・直線的で可能な限り大きく見せる・前後左右は絶壁のごとく、威厳を見せるための大きなフロントグリル
・豪華さを演出するためにメッキパーツを多様
あくまでこれは現在の売れ筋のミニバンなどのモデルではなく、当時の代表的だった高級セダンに求められたイメージです。
つまり4代目クラウン、特に前期型はその対極に突き進んでしまったわけですが、それを修正してユーザーの求める威厳あるデザインにしたのが5代目というわけでした。
だからといって5代目クラウンは全てが"保守的"デザインそのままというわけではなく、2ドア / 4ドアハードトップはいずれも後輪の手前から一旦上に盛り上がり、リアに向けてなだらかに下がるような、ちょっとグラマラスなデザインを採用。
つまり、4ドアセダンや5ドアバン / ワゴンは保守的に、2ドア / 4ドアハードトップは威厳を見せつつ、よく見ればちょっとばかり若々しく躍動的にとデザインを使い分けたのです。
特に4ドアハードトップは5代目で初登場したピラードハードトップで、4ドアセダンで保守層の需要に応えつつ、3代目・4代目で狙った『斬新なデザインの4ドア車を望む個人ユーザー層』は、4ドアハードトップで吸収しようという狙いがありました。
この事からも、トヨタは4代目クラウンが完全な失敗だったわけではなく、多様化するユーザーの需要に応えるためならば、少々デザインが異なる"別なクラウン"があっても良い、という結論に達したと思われます。
実際、この5代目以降のクラウンは最終的にクラウンコンフォートベースで2017年6月まで販売された『クラウンセダン』と、4ドアハードトップが11代目以降スポーティな4ドアセダンに変わりつつ現在も継続されている『クラウン』の実質2車種へと変わっていきました。
5代目クラウンの2ドア / 4ドアハードトップなどは、後のクラウンアスリートのようなものだと考えればわかりやすいかもしれません。
こうして保守層の需要に応えつつ、4ドアハードトップで革新的なユーザーにもアピールしていく2正面作戦がスタートしたのです。
デザイン一新の一方で、排ガス対策にも腐心
なお、5代目クラウンがデビューした時期はアメリカのマスキー法に始まる非常に厳しい排ガス規制、オイルショックによる低燃費志向の高まりを経て、応急的な対策の結果パワー不足に陥ったエンジンに対する環境性能と動力性能の両立など重要な課題もありました。
そのため、4代目から採用した2.6リッターの4M型エンジンなど、3ナンバー化による高額な税金をしのんでも十分な動力性能を得たいユーザー向けには最適で、大排気量エンジンの採用は必ずしも高級感のアップだけを意味した訳ではなかったのです。
もちろん主力となる2リッターエンジンM型も、当初からEFI(電子制御燃料噴射装置)採用のM-Eを搭載した『2000EFIシリーズ』をラインナップし、キャブレター式のM-Cを搭載した通常の2000シリーズも、改良で触媒を追加したM-Uへ変更。
M-Eも触媒と組み合わせたM-EUへ、そしてM-Uも段階的に厳しくなる排ガス規制へ対応した、それまでのM型とは別物なエンジンへと変わっていきます。
なぜなら、単に触媒をフィルターとして排ガスを浄化しているだけでは、排気のフン詰まりでアクセルを踏んでもロクに加速もしなくなり、さりとて以前のように燃料をひたすら燃やしてパワーを上げろというわけにもいかないので、矢継ぎ早な改良が求められたのです。
これは同時代のほとんどの車に共通していましたが、特にクラウンのような当時としては大型・重量級の高級車ではより切実な問題で、短期間に細かい改良が行われました。
また、それと並行して4輪ディスクブレーキ、オーバードライブつき4速ATなどが搭載されるとともに、アンチスキッド(ABSの原型)も改良。
2600シリーズセダン最上級グレードに『ロイヤルサルーン』が初登場するなど、姿形こそは保守的だったものの、中身は革新的と言ってよい変化が続いたのです。
主なスペック
トヨタ MS85NQ クラウン セダン ロイヤルサルーン2600 1974年式
全長×全幅×全高(mm):4,765×1,690×1,440
ホイールベース(mm):2,690
車両重量(kg):1,470
エンジン仕様・型式:4M 水冷直列6気筒OHC12バルブ
総排気量(cc):2,563
最高出力:103kw(140ps)/5,400rpm(※グロス値)
最大トルク:206N・m(21.0kgm)/3,800rpm(※同上)
トランスミッション:コラム式3AT
駆動方式:FR
まとめ
トヨタ初の本格国産乗用車ということで、歴史的意義の大きかった初代クラウンの発売から19年。
この5代目クラウンでようやく『保守から革新まで、高齢者から若い新世代まで』幅広いユーザーに対応する、クラウンのスタンダードが完全に確立されたと言えます。
一足飛びに軸足を大きく変えようとした4代目から、抜き足差し足で少しずつ世代交代を進めるために好みが多様化するユーザーへ、理想とするクラウンをいくつも準備しておくという戦略。
そして2018年6月にデビューした現行型の15代目クラウンまで44年間も続き、あるいは今後また復活するかもしれないこの『方程式』によって、まるで300年続いた江戸幕府のように、クラウンは国産車としては屈指の歴史と伝統を誇るようになっていったのです。