前後席合わせて4人以上乗れるダブルキャブのピックアップトラックは便利なものですが、日本では2017年9月にトヨタ・ハイラックスが復活するまで一時的に消滅したと思われていました。
しかし、軽自動車ながら開放式の荷台としっかり4人乗れるダブルキャブを持った「軽ピックアップトラック」的な車はずっと販売されていたのです。その名はハイゼットデッキバン。
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「これなら冷蔵庫も運べるで!」
当時のダイハツ軽1BOX車、S80系7代目ハイゼットバンをベースに後席まではスライドドアをそのままに、そこから後ろのキャビン(車室)をカット、荷台と後ろに開くアオリを設けた特装車としてでした。
これは、松下電器産業(現在のパナソニック)からの「冷蔵庫を縦に積めて、小回りの利く配送車が欲しい」という要望に応えたダイハツが同社と共同開発したものです。
引っ越しなどを経験されたことのある方ならご存知かと思いますが、冷蔵庫は使い続ける限り、基本的に横倒しにしては運びません。
その理由を、パナソニックのホームページではこう説明しています。
“車での移動時は、横積みをせず必ず立てた状態で、ロープ等で固定し運搬をしてください。
(ドアやトレイはテープ等で固定しておいてください)
横積みでの移動は、車の振動で圧縮機内のオイルが冷却システムに流れ込み、故障の原因となる可能性があります。”
パナソニック「引っ越しなどで、冷蔵庫を運搬する際の注意点は?」より
そのため運搬時にはトラック / 軽トラックの荷台に立てて積む必要がありましたが、トラックでは狭い道への小回りが利かないどころか、入っていけない道もあります。
軽トラックも2人しか乗れない上に、荷台が囲われて、車検対応と荷室高を両立するために天井は折りたためる幌になっている「幌付きパネルバン」でも無ければ、雨に弱い電化製品や電動工具を積めません。
引っ越しなら他にも荷物があるのでトラックを利用することが多いと思いますが、零細経営の電気店が配送用にそこまで大きな車を必要としないケースも多いのです。
そこで「4人乗るか車内後席に電化製品や工具を積めて、冷蔵庫も縦に積める荷台があるといいな。」という贅沢な要望に応えたのが、ハイゼットデッキバンでした。
案外登場しなかったライバル車
非常に便利に見えるハイゼットデッキバンですが、その一方でデメリットが無いわけではありません。
・軽1BOX車のように後席を倒して車内に長尺物を積んだり、車中泊スペースを作れない。・冷蔵庫のように「縦に細長く横に倒せない」荷物ならともかく、それ以外の積載力は軽トラほどでは無い。
・車内に4人乗る必要が無ければ、幌付きパネルバンの方が使い勝手は上回ることが多い。
筆者も実際、イベント運営用の「機材車」として同じハイゼットでも幌付きパネルバンとデッキバンのどちらにするか悩みましたが、結局総合的な積載力を重視して前者を選びました。
もし車が1台のみで、普段は4人乗りも考慮する必要があれば別だったかもしれませんが、普段乗りの軽乗用車としてダイハツ リーザを持っていたので、デッキバンにはあまり魅力を感じなかったのです。
そんな「人によってはものすごく便利!しかしそれ以外の人にとってはかえって不便」という、あくまでニッチな需要を狙った車だったこともあって、ライバル他社が同種の車を販売することは、ほとんどありませんでした。
数少ない例は1999年にミニキャブスーパーキャブを発売した三菱と、2003年に三菱からOEM供給を受けクリッパーキングキャブを発売した日産で、ハイゼットデッキバンと同じレイアウト。
ただし、両車とも2014年に三菱がミニキャブMiEV(2017年5月販売終了)を除き軽1BOX車の独自生産から撤退、スズキ エブリイのOEM供給に切り替わっています。
こうしてダブルキャブの軽商用車はハイゼットデッキバンが残り、2012年7月以降はスバル版サンバーオープンデッキも販売されていますが、トヨタ版ピクシスカーゴにはデッキバンの設定はありませんでした。
狩猟やレジャーなど広い用途でも注目
さしたるライバルも無いまま、ベースのハイゼットがモデルチェンジするのに合わせて代を重ねてきたハイゼットデッキバンですが、4代目(ハイゼットとしては10代目)となった2017年12月現在でも販売は継続されています。
しかも現行モデルからはマル改(改造車)扱いではなく正規モデル扱いとなり、マイナーチェンジで4AT化や電子制御スロットル化で燃費を向上。
2017年11月のビッグマイナーチェンジではベース車同様に精悍なフロントマスクになったほか、ステレオカメラを採用した衝突警報 / 衝突回避支援ブレーキなどが装備された安全運転支援パッケージ”スマートアシストIII”搭載グレードが追加されています。
さらにはそれまで無かった助手席シートスライド機構も追加され、快適性も大きく向上しました。
使い勝手がさらに向上したハイゼットデッキバンは、本来の目玉である「冷蔵庫など横倒しにできない長尺物積載能力とダブルキャブの両立」による電気店向け配送車両としてだけでなく、いろいろな用途で注目されています。
家族で家庭菜園に出かけ、収穫した野菜を荷台に積むも良し。狩猟に出かけて、獲物は荷台へ、鉄砲は施錠できる車内に置いても良し。
元からサーフボードを積みたいサーファーなどにも重宝されていましたが、オープンデッキ部分(荷台)に積んだ荷物などをロープやバンド、網などで固縛するのに便利なガードフレーム / ガードバーもついたので、商用だけでなくレジャー用途でも注目が高まっています。
ハイゼットデッキバン 代表的なスペック
ダイハツ S321W ハイゼットデッキバンG”SAIII” 2WD 2017年式
全長×全幅×全高(mm):3,395×1,875×1,475
ホイールベース(mm):2,450
車両重量(kg):910
エンジン仕様・型式:KF-VE 水冷直列3気筒DOHC12バルブ
総排気量(cc):658cc
最高出力:53ps/7,200rpm
最大トルク:6.1kgm/4,000rpm
トランスミッション:4AT
駆動方式:FR
まとめ
最近はリフトアップと大径タイヤを履いたオフローダーとしての人気も高いハイゼットジャンボと並び、ハイゼットデッキバンは「豊富なボディバリエーションを誇るダイハツ ハイゼット」を象徴する車です。
最大のライバル、スズキ エブリイ / キャリイが「軽商用車界のハイエース」的に絶大な支持を受ける一方、多様な価値観に対応し続けてきたハイゼットシリーズの人気も根強く、普通の1BOX車や軽トラには無い魅力を提供してきました。
特にハイゼットデッキバンは、これだけ小さいボディに大人4人が十分乗れるスペースと使い勝手のいい荷台が両立された上に、唯一新車でも買えるという「現役の珍車」です。
あまり話題になる車では無いので知らない人も多いと思いますが、一度知ると「これぞ求めていた車だ!」と思う人も、きっといるのではないでしょうか?